ただの「いびき」と侮れない、呼吸が止まるメカニズムについて
はじめに:ただの「いびき」と侮れない、呼吸が止まるメカニズム
「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」と聞くと、「いつも眠そうにしていて、大いびきをかく太った人の病気」や「寝ている間に呼吸ができなくなる病気」と思い浮かべる方が多いでしょう。中には「放っておくと死んでしまう怖い病気」という極端なイメージを持っている人もいるかもしれません。
しかし、ただ闇雲に怖がるのではなく、病態(病気が起こる仕組み)を科学的・客観的に理解することが、正しい治療への第一歩です。 実際に、SASの主な病態は、寝ている間に空気の通り道である「上気道(鼻から喉にかけての通り道)」がふさがってしまうこと(閉塞)にあります。
しかし、「なぜ上気道がふさがってしまうのか?」と問われると、その理由は一つではありません。実はここ10年ほどの間に、上気道が閉塞する原因は単なる肥満だけではなく、複数の病態に分解して説明できるのではないかという議論が進んできました。今回は、睡眠中に私たちの体の中で一体何が起きているのか、その複雑なメカニズムを詳しく解き明かしていきましょう。

1. SASの2つの大きなタイプ:OSA(閉塞性)とCSA(中枢性)の違い
一口に「睡眠時無呼吸(SAS)」と言っても、実は病気が起こる原因(病態)によって、大きく2つのタイプに分類されます。
1つ目は、上気道が物理的にふさがってしまう「閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)」です。世の中で一般的にイメージされる「SAS」の大部分は、実際にはこの「OSA」を指しています。これは例えるなら、水を撒くホース(気道)の途中がペチャンコに潰れてしまい、水(空気)が通らなくなってしまった状態です。一生懸命に息を吸おうと胸やお腹を動かしているのに、喉の奥が塞がっているために空気が入ってこないのが特徴です。
2つ目は、空気の通り道(上気道)はしっかり開いているのに、脳から「呼吸をしろ」という指令がうまく出なくなることで起こる「中枢性睡眠時無呼吸(CSA)」です。これは例えるなら、ホースは潰れていないのに、大元の蛇口(脳からの指令)が閉まってしまっている状態です。心不全などの病気に合併して起こることが多く、OSAに比べると比較的まれな病態であり、患者さんの症状も異なります。 このように、同じ「呼吸が止まる」という現象でも、喉が詰まっているのか、脳がサボっているのかで、根本的な原因が全く異なるのです。
2.最大の原因「肥満」が気道を塞ぐメカニズム
さて、世の中のSASの大部分を占める「OSA(閉塞性)」ですが、この病態を引き起こす最大の要因としてよく知られているのが「肥満」です。 体重が増えると、お腹や皮下脂肪だけでなく、首の周りや舌、喉の奥の壁にも脂肪がつきます。すると、ただでさえ狭い空気の通り道(上気道)が、分厚くなった脂肪によって外側からギュッと圧迫されてしまいます。さらに、人間が仰向けに寝ると、重力によって舌や喉の軟らかい組織が喉の奥(背中側)に落ち込みます(これを舌根沈下と呼びます)。
起きている間は、喉の周りの筋肉(上気道開大筋)が緊張して気道を広げているため呼吸ができますが、眠りにつくと全身の筋肉がリラックスして緩むため、脂肪の重みと重力に負けて気道が完全にペチャンコに潰れてしまうのです。これが、肥満の人がOSAになりやすい理由です。実際に、減量はOSAの根本的な治療にもなり、体重を20%減量することで、重症度を示すAHI(無呼吸低呼吸指数)が50%程度まで減少するというデータもあります。
3.痩せているのにSAS?日本人特有の「骨格」に隠された病態
「それなら、太っていなければSASにはならないの?」と思うかもしれませんが、決してそうではありません。肥満ではないOSAの患者さんも世の中には少なくないのです。ここには、骨格というもう一つの重要な病態が隠れています。 日本人をはじめとするアジア人は、欧米人に比べて「下顎(あご)の骨格が小さい(あるいは後退している)」という特徴を持っています。顎が小さいということは、口の中で舌が収まるスペース(容積)が元々狭いということです。
そのため、仰向けに寝たときに舌が喉の奥に押し出されやすく、少しの体重増加や筋肉の緩みで、簡単に気道が塞がってしまいます。 「小顔で顎が細い」というのは現代ではスマートな印象を持たれがちですが、睡眠中の呼吸という観点から見ると、気道が狭くなりやすいという弱点(リスク)を抱えていることになります。日本人のように顎のサイズが小さい場合は、少し体重が減るだけでも気道のスペースが広がる効果が大きく出やすく、20%も痩せなくても、わずか10%程度の減量でAHIが50%程度まで減る可能性があると報告されています。
4.「鼻づまり」と「口呼吸」が引き起こす連鎖的な上気道狭窄
さらに、日常的な習慣や症状もOSAの病態に大きく関わってきます。とくに注目すべきなのが、「鼻づまり(鼻閉)」と「口呼吸」です。 花粉症などのアレルギー性鼻炎や鼻中隔彎曲症(鼻の軟骨の曲がり)などで鼻が詰まっているOSAの患者さんは、息苦しさから無意識のうちに「口呼吸」をする習慣がついています。
本来、人間の鼻呼吸には、吸い込んだ空気を適度に加湿・加温したり、呼吸を調整したりする非常に大切な生理的な機能が備わっていますが、口呼吸ではその機能が全く活かされません。 それだけではありません。口呼吸をするために口を開けて寝る(開口する)と、下顎が下がり、それに連動して舌も喉の奥に落ち込んでしまいます。その結果、上気道の狭窄(狭くなること)がさらに悪化してしまうことが分かっているのです。また、鼻づまりの症状自体が、主観的な睡眠の質を大きく低下させる要因になることも研究で示されています。 このように、鼻づまりは単なる不快な症状というだけでなく、口呼吸を誘発し、物理的に気道を塞ぎ、睡眠の質を下げるという「負の連鎖」を引き起こす重要な病態の一つなのです。
5. 呼吸が止まることで体内で何が起きているのか?(生活習慣病とのつながり)
では、上気道が塞がって無呼吸になると、体全体にはどのような影響が出るのでしょうか。 呼吸が止まると、体の中の酸素が減り(低酸素状態)、本来吐き出すべき二酸化炭素が溜まります。すると、生命の危機を感じた脳が「息をしろ!」と指令を出し、無意識のうちに脳が半分起きた状態(微小覚醒)になります。これで再び呼吸ができるようになりますが、眠りに入るとまた気道が塞がる……というサイクルを一晩に何十回、何百回と繰り返します。
この「睡眠の分断」こそが、日中の強い眠気やだるさ、集中力の低下、さらにはうつ病のような症状を引き起こす原因です。 さらに、夜中に何度も息が止まって脳が覚醒することで、体をリラックスさせる副交感神経が休まらず、逆に体を興奮させる交感神経が働きっぱなしになります。この自律神経の乱れと低酸素状態のストレスが、高血圧、糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病を悪化させます。また、気管支喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)、胃酸が逆流する胃食道逆流症なども、OSAの病態と密接に関わっていることが知られています。OSAの病態は、喉だけでなく全身の病気とリンクしているのです。
6. 病態の解明が切り拓く未来の新しい治療法
ここまで見てきたように、SAS(とくにOSA)の病態は「ただ太っているから喉が塞がる」と一言で片付けられるような単純なものではありません。 首周りの脂肪(肥満)、下顎のサイズ(骨格)、喉の筋肉の働きやすさ、鼻づまりと口呼吸、そして呼吸をコントロールする脳の反応のしやすさなど、さまざまな要因が複雑に絡み合って「上気道の閉塞」という結果を引き起こしています。
医学の世界では、こうした病態生理がさらに詳しく明らかになっていけば、将来的には「この人は筋肉の働きが弱いタイプだ」「この人は鼻づまりが主な原因だ」といったように、一人ひとりの原因(病態)に合わせたオーダーメイドの、全く新しい治療法の開発にもつながる可能性があるとして、現在非常に大きな期待が持たれている領域なのです。
まとめ:自分の病態を正しく知り、適切な対策を
「いびき」や「睡眠中の無呼吸」の裏には、骨格や鼻の症状、筋肉の働きなど、実に様々な体の仕組みが関係しています。
「自分は太っていないから大丈夫」「ただのいびきだから気にしない」と思い込まず、日中の強い眠気や睡眠の質の低下を感じたら、自分に隠された病態がないか、専門の医療機関で調べてもらうことが大切です。病態のメカニズムを正しく知ることが、より良い睡眠と健康を取り戻すための最強の武器になります。
【参考文献・参考資料】
● 上気道閉塞の病態と今後の治療への展望に関する記述 (SASの歴史と病態・疫学に関する概念と歴史的背景)
● OSAとCSAの分類および用語の定義について
● 減量(体重減少)によるAHI改善効果の報告(JAMA. 2000; 284: 3015-21)
● アレルギー性鼻炎(鼻閉症状)と口呼吸が睡眠の質や上気道狭窄に及ぼす影響(Am J Rhinol. Sep-Oct 2007; 21: 564-9)
● OSAに合併する生活習慣病(高血圧・糖尿病など)およびその他の疾患(気管支喘息・胃食道逆流症など)について
◉睡眠時無呼吸症候群について、よくいただくご質問はこちらをご確認ください。
→よくある質問
◉睡眠時無呼吸症候群についてさらに詳しい内容はこちらをご覧ください。
→神戸元町呼吸器内科・アレルギークリニック
◉睡眠時無呼吸症候群に関する詳しい情報は 厚生労働省公式ページ をご参照ください。
